自惚れ。 

 「私だからできる。」
 「私なら変えられる。」
 
 自分の全てを肯定する気はないが、‘私だったら’という‘自分の考え’は持つようにしている。
 周りに流される時もある。
 だけど、‘自分’を持つことで、‘らしさ’が生まれてくるような気がする。
 でも、自分らしさってなかなか自分では気づけないもの。
 だから、周りの力がいるのだろう。

 今日、明日と採用試験。
 今のメンタルでいいのだろうか。
 不安になる。
 でも、かなり落ち着いていられる。

 そんな私でも、私を私が信じてやらないで、一体誰が信じてくれようか。
 だから私は信じてみたい。
 どんな君でも、
 どんなあなたでも、私は信じるよ。
 だってさ、
 信じることに理由はいらないと思うから。

 沢山の人に、すごい応援されている気がする。
 もちろん学校の先生たちにも。

 先月から見慣れた字の手紙がよく届く。
 文通。
 懐かしいけど失くしたくない連絡手段。
 お守りが入ってた。
 近くの神社で買ったからって。
 気休めにしかならない?いやいや、そんなことはない。
 美しい心とは、そういうことを言うのだろう。

 「試験はマークシートですか?これ使って下さい。私もこれで合格したから。」
 一家のある保護者が鉛筆を貸してくれた。
 そこまで気にかけてくれているんだと、嬉しくなった。

 お詫びしたい。
 ひらりんに言われた。
 「受験勉強をする中学生に負けないくらい勉強しているか」って。
 「深志を受験する奴らに勉強教えられるくらいやってみろ」と。
 ごめん、そこまではできなかった。
 言い訳なら沢山あるけど、言っても何にもならないからよしておく。

 ただ、何もやってないわけじゃないから。
 
 やるだけやってきます。

 今朝の天気は好きだ。
 朝日も鳥のチュンチュンも風も、気持ちがいい。

見たモノ感じたコトそのままで。 

 日曜日の雨は、どこか好きだった。
 朝早くから雨風を部屋いっぱいに取り込んで、普段閉めきった部屋の空気を一掃した。
 部屋いっぱいにかけた音楽の音は雨音で打ち消されるからと、いつもより大きめにボリュームを上げて、音のリズムに合わせて掃除機をかけた。

 久しぶりにできた休日。
 何をやっていたか?となれば、特に何をやったってのはない。
 ただいつものように早起きをしただけ。
 
 外に出たのは一回だけ。
 川が見たくなって、交通量の少ない朝の時間帯に気まぐれに車を走らせてみた。
 行き先はなく、目的は飽きるまで。
 増水した川を横目に、川沿いの道をただただ車で走るだけ。
 流れる水を追い越そうと、ただただ車を走らせるだけ。
 
 普段雨はキライな方。
 テンション下がるし気分もノッてこないしいいことないし。
 でもこの日は違ったな。
 雨だけを見ててもいいや、そんな気分だった。
 だから朝起きてからの行動も早かった。

 でも、何でだろうねぇ・・・。
 雨がひどく沁みるんだ。
 雨がひどく沁みるんです。
 何故なんでしょうか。

 ある先生からこんな話を聞いたことがあって、素敵だなって思った。
 ある雨の日。
 幼稚園に通う自分の息子さんが1時間もアパートの前で、しかも一人で過ごしていたんだと。
 スイミングスクールの帰りで、この日は自分が住むアパートではなくて、近隣に住むおじいちゃんの家に行くはずだったみたい。なかなか戻ってこない孫を探しに出たおじいちゃんが探しに出たところ、暗闇の中おじいちゃん家に向かって歩いてくる小さな男の子はお孫さんだった。
 連絡してあったみたいだけど、スイミングスクールの手違いでバスから降ろす場所を間違えたことによる迷子騒ぎ。
 先生が息子さんに「よく一人で怖くなかったね?」そう聞くと、息子さんは何て答えたと思う?
 「だって蜘蛛さんが一緒に遊んでくれてたから」だってさ。
 自分が住むアパートの前に一匹の蜘蛛がいて、ずっと遊んでくれてたんだって。
 アパートからおじいちゃん家に向かうことにしたのも、蜘蛛さんが家に帰るから僕も帰ろうって思ったんだと。
 まぁ、ただそれだけなんだけどね。


 大人は、子どもの何を見ているだろうか?

 何かを一生懸命に取り組んで、たとえそれが失敗したとしても、その子を怒ることはできない。
 朝陽の昇る瞬間や、夕陽の沈む一番キレイな瞬間が見たくて、息がきれるまで走ることは、決して恥ずかしいことだとは思わない。
 曲がりくねった道を突き進み、先の見えないゴールに近づきたくて、小さな達成感を味わいたくて、不細工な顔になりながらも走ることを止めない姿は、格好いいと思う。
 大人が忘れかけているモノを子どもが見つけて、たとえその子が迷子になったとしても、迷子になってしまったその子を叱ることはできない。
 空飛びたいなとか、雲の上で昼寝してみたいとか、そういうことを思う奴がバカなのか。思わない奴が哀れなのか。

 素直のままで、キレイなモノをキレイだと言いたい。
 そんな心を忘れずにいたい。持ち続けていたい。

 人目ばかりを気にして、お金では買えない一番上等のモノを見逃してしまうなんて、そっちの方がよっぽどバカなことだと私は思うよ。

職業調べ。 

 驚いた。

 聞いたことのない職業いっぱいあんだ。

 「でもしか先生」って聞いたことある?

 俺ない。

 でも知った。

 だからある。

 夜中、誰か家の前に来る。

 ここだーっていう声がする。

 それが怖い。

 でも、今だけ今だけ。今だけの辛抱だ。

 話を戻して、

 でもしか先生で先生になれた人は、今でも先生をやっているんだろうか?

 そんな時代があったんだね。

 

誰もいない所へ。 

 あれから眠ることもできずに参考書を広げて文字の嵐と格闘した。
 だんだん明るくなってくるのが分かった。
 空の色、空気、風。
 ‘天気は晴れ’ってことを自然が教えてくれた。(ざまあみろヨシズミ☆)

 朝4時30分。
 バイクのエンジンをかけ、環境に悪いアイドリングをして裸エンジンを温めた後でバイクをかっ飛ばした。
 エンジン音がうるさい‘コイツ’は暴れん坊。
 朝方の近所迷惑も気にしない。

 今年初の高ボッチに行ってきた。
 エンストギリギリで勝負しながらのクラッチ変則で一人で遊んでみてはエンストこいて・・・。
 行きの途中で狸と遭遇。
 俺の知る狸は「平成たぬき合戦ポンポコ」の狸。
 残念、比較に届かない変化の出来ない狸だった。

 誰もいない。
 車もない。
 そりゃそうだ。
 だって今日は平日でしょうに。
 どこかで‘平日の優越感’に浸ってみたかった。

 鉢伏山まで行ってみた。
 蛇のようなクネクネの道。
 バイクだからスイスイ。
 途中でヘルメットを外して3速でゆっくり登ってみた。
 上に行けば行くほど谷底が恐くなり、朝日に照らされる木々が雄雄しく見え、自然の偉大さに呆気に取られる始末。
 行けるところまで行って、後は15分かけて鉢伏山の山頂を目指した。
 誰もいないをいいことに、大声で唄っては歩みを進め気分は登山。

 山頂に辿り着いてからが素晴らしかった。
 動く影が見えると思ったら、かわいい小さなお尻を白くした鹿の群れと遭遇した。
 数えて軽く30頭はいる。
 ちょっと怖かった。
 襲ってくることはないと分かっていても、数の多さに足が震えた。
 ウ○コがしたくなった。
 しばらく睨めっこ。
 群れの中には親玉っているんだね。
 甲高い鳴き声を出したと思ったら、群れが一斉に山を下って逃げてった。
 「もののけ姫」の世界がそこにはあった。
 この出来事はちょっとした自慢になる。
 言葉にならぬあの光景と心境は俺にしか解らないのだから。

 冒険心を持ったトム・ソーヤになった気分。
 まだ自分の中のトム・ソーヤは健在だった。
 
 家に戻ったのが朝7時30分。
 こんな感じで一日が始まった今日。

指導者。 

 寝て起きて、寝て起きて、寝て起きた。
 本来なら二度寝は苦手なのに、浅はかな眠りで目が覚めては時計を見る。
 体内時計の故障か。
 1時間置きに目が覚めてちゃ、逆に疲れてしまう。

 眠りを妨げるのは何だろう。

 はぁ、何だか疲れちゃった。
 気丈に振舞う自分に腹が立つ。
 いつからこんなに作り笑いが得意になっちまったんだろう。
 強気な小僧はどこへ行った?
 そんな自問してても答えなんて見えやしない。
 余計に疲れる。

 子どもたちにとって‘いい指導者’って何だろう。
 サッカーだけを教えればいいのか。
 サッカー以外のことを教えればいいのか。
 試合に勝てばいいのか。
 試合に勝つだけでいいのか。

 中学サッカー。
 試合に負けて、一番悔しいのはもしかしたら自分かもしれない。
 自分の試合かのように、大会初日は胸の高鳴りを抑えきれずに早起きして、誰よりも早く試合会場に乗り込んで。
 「来るの早いねぇー」の一言がちょっと嬉しくて。
 大会二日目はなかなかグラウンドを去ることができずに、整備されていくグラウンドを見ながら終わらない反省を続けて。
 「残念だったね」の一言が悔しくて。

 練習でやってきたことが全否定されたようで悔しい。

 ある意味子どもたちは被害者なのか。

 違う指導者に出逢ってりゃ、もっと楽しく勝てるサッカーができたかもしれないね。

 俺なんかに出逢ったばっかりに・・・。 

 らしくもなく、弱気な発言ばっかだ。
 
 ここはまずは切り替えて、一人でいる時は自分と向き合い、みんなといる時は周りと向き合おう。

 短気は損気。
 強気は弱気。
 元気は勇気。
 
 さて、子どもたちにこんな自分を見せてたまるか。

 俺が下を向いてちゃ何にもならん。

 

 弱い自分に出逢って、強くなりたい。